きまぐれにつづったヒトリゴトです。 お暇な時間のお供にどうぞ‥

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クレイマー
世の中には、いろいろな種類のクレイマーがいるらしい。
文字通り、商品にいちゃもんをつける、正真正銘のクレイマー。
その商品が直接影響を与えたわけではないのに、そのせいでこんな大変な事になったという、こじつけクレイマー。
商品をほめたたえて、お礼の何かをせびろうとする、お世辞クレイマー。
などなど、商品を売れば必ず登場するクレイマーなのだ。
先日、そんなクレイマーを取り上げた番組を見た。
クレイマー・・なんと迷惑なことよね~と思っていたら、このクレイマーのおかげで大ヒットした商品があるとか。
いろいろある中で、一番有名なのは、「柿の種」
この商品に寄せられたクレームは、味うんぬんではなくて、ピーナツの比率だったとか。
ピーナツが、やれ多いだの少ないだの・・結局、クレームが落ち着いた今の4:1の比率で終息したらしいのだ。
確かに、程よいピーナツの量だわね~と、納得してしまう。
メーカーは、決してクレイマーを煙たがってるわけではないのだ。
いろいろあるクレームの中から、正真正銘のクレームをいかに商品に生かして行くか・・
それが大ヒットにつながるきっかけとなるのだから。

ある日、食パンを食べていたシンが、こんなものが入っていた~~~と、口から赤いセロハンテープを出した。
商品のビニールの口をとめるテープらしく見えた。
すぐに、パンメーカーに電話すると、これから取りに来るという。
忙しい時間に迷惑な話なので、パッケージとテープを送ります・・と言うと、後日、代金を返金しますから・・という話だった。
何日かして、メーカーから郵便が届いた。
今回のテープについての、調査結果と、焼き菓子の詰め合わせ・・
調査結果は、製造に関わるラインに同じ種類のテープは使ってないので、おそらく製造者に付いていたものが誤って混入してしまったのではないか・・という回答。
焼き菓子は、美味しくいただいたが、約束の返金はなかった。
でも、ここで、「お金が入ってない」と電話するは、非常に気が引けた。
テープが入っていたのは事実だけど、パンは全部食べてしまっているし、まあいいか・・と思ってしまったのだ。
ここで電話したら、本当のクレイマーになるような気がして。。。
でも、こんな小さな出来事だけど、製造ラインの衛生面はきっと少しは向上したはず。
クレイマーも、確かに捨てたもんじゃない。
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カサブタ事件
子供は、いつもどこかしらに傷を作って帰って来る。
ひとしきりバンドエイド、バンドエイド‥と大騒ぎするも、あっという間にカサブタとなり、治ってしまうけど。
子供のカサブタを見ると、まだシンが幼い頃の出来事を思い出して、一人笑えてしまう。
それは、まだシンが3歳の頃の出来事。

転んで腕にちょこっと傷ができたんだけど、それがカサブタになった頃、どうしてもカサブタを取ろうとしないシン。
私は、カサブタは取ってしまいたいのに、まあ、いつか取れるよね~と放っておいたら、ある日の風呂上り、カサブタが半分取れ始めてきた。
これは、もう取るしかないと、ピッと取ったら、シンは火の付いたように怒り始めてしまい、ちょっと後悔してしまった。
傷口もほとんど乾いてたし、自然にカサブタの取れる頃だったと思うんだけど、あまりに怒るもんだから、困ってしまって、「じゃあ、もう一回戻そうね」と取れたカサブタを、唾でペタッと貼り付けてやった。
それで納得したシン(笑)
何事もなかったかのように寝てしまった。
翌朝、あのカサブタどうなったかなぁ~見てみると、なんと、傷口とは全然違うところに貼り付いていた!!
いっそ取れて無くなってしまってればいいのに、別の場所に貼り付いているもんだから、シンは慌ててそれをはぎとって、また、元の傷口に戻してしまった~~
あまりの可笑しさに、だんなと大笑い・・・
でも、そのカサブタは、もうカラカラに乾いていて、使い物に(?)ならなかったけどね~

こんなカサブタにまつわるエピソード・・
子供たちが傷を作って帰るたびに思い出す。
当の本人は、全く覚えてないので、こんなことがあったのよ~~と話してやると大喜び♪
いつの時代の子供も「小さい頃にこんなことがあったのよ~的」な話って大好きよね。
ふとした時に思い出す些細なエピソードは、忘れないようにメモってる私。
何かの時に、話してやろうと思って・・・
「カサブタ事件」これも、メモってる話の一つであります。

半ケツ
文字にすると、「半ケツ」って一体何??って感じだけど、文字通り、半分割れ目の見えるお尻のこと。
今時の若い子って、半分おしりが見えるほどのローライズのパンツでも平気なのね~
若い子だけならまだしも、若いママも。。。
まあ、これも流行のものだから、あえて否定はしません。
だけど、だけど・・・どんな格好しようと、自由だけど、そのお尻の割れ目を見せるのだけは、どうぞご勘弁。
そう思ってるいる人は、きっとたくさんいるはず・・。
ここはあえて百歩譲って、ヘソは許そう・・でも、おしりはねぇ~~~

先日、ある雑誌にこんな内容の投稿があった。
写真を趣味としている父が、出来上がった写真を見て憤慨している。
訳は、たまたま写りこんだある女性のおしりの割れ目が写ってしまったというのだ。
普通なら、ただの通りすがりの人・・で事済むはずが、よりによっておしりの割れ目・・
ブツクサいいながら、修正したらしい。

これを読んで、私は、過去の出来事を思い出して、一人爆笑してしまった。
そうそう、目のやり場に困るのよぉ~~
一年以上も前に、ローライズがまだそこまでローでなかった頃、家族で行ったラーメン屋さんでのこと。
隣のお座敷で食事していた家族の娘さん(20代前って年頃かしら)が、きゅうきゅうのジーンズで、座るともろに半ケツの後姿をこちら側にさらしている。
初めて見る他人のお尻の割れ目・・思わず、子供に気付かれないようにだんなに「あのお尻見て・・」とコソコソ話。
さすがのだんなも(笑)目が点・・・これを子供が見たら、お尻だぁ~と大喜びするはず・・(クレヨンしんちゃんの影響で)と、気が気ではなかった。
無視を決め込むが、どうしても目が行ってしまう。
子供の教育に悪いので、あちら側に座ってもらえませんか?ってよっぽど言いたかったよ。
世の超ローライズパンツをご愛用の女性方・・お気をつけくださいまし。
いかに、周りの人が迷惑をこうむっているか。
(あっ・・喜んでる男性諸君は多いでしょうが。)
でも、最近では、メンズローライズも出てるとか。
げげげっ・・近い将来、男性の半ケツも否応なしに見せ付けられるって事???
先が思いやられるわ。

下着・・??
ある夜、レンタルショップに行った時のこと、若いカップルがバイクの二人乗りでやってきた。
男の方は、まあ、ふつうの今時の若い男の人だったんだけど、女の方を見てオバサンはビックラこいてしまった。
彼女が着ていたのは、どう見ても下着・・黒いスリップ(あえてこう呼ばせてもらおう)なの~~~
キャミソールと言えば聞こえはいいが、丈の長さといい、まさに一昔の前の表現で言うところのスリップ!!
下には、ブラを付けているのはしっかり分かるし、
「そっかぁ~~~その上に服を着るのを忘れたんだぁ・・」・・って、んなわけないない。
下着のような服・・?? でも、オバサンの目にはどう見てもスリップ・・でも、パンツは透けてないし、やっぱり服?
ん~~~何と申しましょうか・・
もし、娘のミィがお年頃になった時、あんな格好で出掛けたら、目ひんむいて止めると思うわ。
これが今時の服なの~~~??
確かに、下着のような服は、よく見るし、ブラのストラップだって、見えてもいいのが今や主流。
チラリと見える下着も可愛いし…でも、半ケツはご勘弁・・だけど。。。
もっと若けりゃなぁ~って、仕事帰り、ランジェリーショップを横目に通り過ぎる私。
でも、あれは行き過ぎだよ~~~絶対に。。。
同意を求めようと、だんなに話をふったら、チラッとその女性を見やり、一言・・

「普通じゃない??」

う~~~ん・・やっぱり、私が付いていけないってだけの話??

父の夢
父が亡くなって1年半があっという間に過ぎた。
この一年半の間、私は仕事を始め、生活リズムが大きく変わった。
慌しく過ぎていく毎日・・寂しさも徐々には癒えたが、ずっと気にかかっていたことが一つ。
父が亡くなってから、私は、父の夢を全く見たことがなかった。
いつも心には、父がいるのに・・ふとした事で父のことをすぐに思い浮かべるのに、全く夢には出てこない。
なんでだろう・・夢でいいから、話したいこといっぱいあるのに…。
そうずっと思っていた。

そんなある日、初めて父の夢を見た。

  夢の中の父は、生前のまま・・夢の中の私も、母も、普通に父に接している。
  場所は・・・どこだかよくわからないけど、昔から(多分子供の頃から・・)
  夢でよく見るなんだか懐かしい場所。
  夢の中の父は、当たり前にしゃべり、当たり前に車の運転をしている。
  私と母を乗せた車は、その懐かしい場所を通り過ぎ…
  いつの間にやら、家へ到着。
  父は、じゃあ行くから・・と、私を降ろし、母と二人で車で去って行った。
◆Read More◆

小学校「給食だより」より
先日、シンが学校から持って帰ってきた「給食だより」に興味深い記事が載っていた。

  ためになる栄養素シリーズ
   マグネシウム

あまり馴染みのない栄養素だけど、どうもこのマグネシウム‥カルシウムの働きを調節する作用のある大切な栄養素らしい。
マグネシウムが不足すると、生活習慣病などを引き起こす原因にもなるとか。
この栄養素が不足すると・・・
 
 「イライラしやすい」
 「骨が弱くなる」
 「上まぶたがピクピク動く」

こんな症状が現れるらしい。
えっ??? まさに私じゃん!!

そうなのよ~~上まぶたがピクピクとなる症状は、よく出る私。
チクチクし過ぎで目が疲れたのかなぁ~~なんて思ってたけど、そっかぁ~~マグネシウム不足だったんだ。
以前、友人から目がピクピクしたら「牛乳飲むといいらしいよ」なんて言われた事があり、どういう根拠よ~ってまゆつばもんだったけど、カルシウムと切っても切り離されない関係のマグネシウム。
マグネシウムを多く含む食品・・アーモンド、わかめ、大豆、納豆、バナナ‥などなど、心して食べることにした。
まあ、こればっかりを取ってもだめだけどね~
他の栄養素とのバランスが大事!!
栄養素、カロリー・・全く無知の私だけど、たまに「なんちゃって健康おたく」になる熱し易いB型人間であった。

10年日記
私は、平成7年11月に結婚した。
結婚後、初めてのお正月から10年日記なるものをつけていた私。
10年日記・・1ページに、10年分の日にちが割り振られている。
それを見ると、過去の同じ日に、何をしていたかが一目瞭然と言うわけだ。
そうは言っても、10年という長丁場・・最初の1年は、結構大変だった記憶がある。
1年が過ぎ、前の年に書いた同じページに2年目を書く時、それを読み返しつつ書き始めて、初めて、あ~楽しいな‥と思ったものだ。
付ける年数が増えるにつけて、日記を付けながら、ふと、何年か分を読み返したり、前後をめくってみたり、すっかり習慣となっていた日記。
結婚当初は、まだ正社員として働いていたから、仕事のことが中心。
その後、妊娠、退職、出産、育児・・・
初めての育児の戸惑いと奮闘ぶりは、我ながら微笑ましい。
2人目の育児の頃は、1人目の育児のところを何度も読み返したものだ。
いつ離乳食を始めたか・・食べっぷりはどんなだったか・・いつ頃歩き始めたか・・その時その時の母としての想いは、今読むと、とっても新鮮だ。
子供達は、いつの間にかこんなに大きくなったけど、勝手に大きくなったんじゃない‥こんなに手を掛けてたんだなって、未来の自分への手紙のよう。
そして、いつか、子供達が大きくなった時に、見せてやりたいな。

その10年日記も、昨年12月で丸10年が過ぎた。
今年からどうしようかと思いつつ、新しい日記帳を用意しないまま、すでに時は3月・・
ここまで来たら、今年の日記はあきらめた!!
来年からまたスタート・・の予定。
次の10年日記を終える頃には、シンは18歳、ミィ16歳。
きっとその日記帳には、子供達の反抗期ぶりやら、初めての受験にオロオロする母の姿が記されるんだわ~
この1年間は休むとして、来年からは付けるぞ~!!
まっ、本音を言えば、日記を休む自分にホッとしているのも事実・・(笑)

携帯・・機種変更
この前まで使っていた携帯は、3年近く使いこんだちょっと時代遅れの携帯だった。
その携帯‥充電が毎日必要となり始め、いつしか一回の通話で一気に充電残量が1・・なんて状態になってしまった。
挙句、主人に、私への連絡はメールだけにして…と言い出す始末。
そこまで使い続ける私もどんなもんだろう・・と思いつつも、まあメールが出来ればいい…とのん気な私。
そんなある日、主人が機種変更して来てやると言い出した。
あまりに無頓着な私に業を煮やしてのことだろうけど・・まあ、私もなんでもいいからと携帯を渡した。
その日、私は仕事。
主人は、時間があったのか、午前中のうちに私の勤める銀行の窓口に、真新しい携帯を持って来てくれた。
無頓着とは言え、携帯がない生活は出来ない。
友人との子供のお迎えの相談や、幼稚園からの連絡事項はメールで来る。
早速昼休みに新しい携帯の電源をON!!
真っ先にしなくてはならないこと・・・マナーモード。
でも、新しい携帯の操作は、全然分からない。。。
それでもなんとか、他の人にいろいろつついてもらい、マナーモードに出来た。
その夜から、私の奮闘は続いた。
幸い、その日の晩は、主人のご飯は要らなかった。
いろいろな新しい機能には、取説を読みつつ、感心するばかり。
以前の携帯を使っていた3年の間に、携帯はめざましい進化を遂げていたよ。

そこで一句・・・

「機種変更 三日三晩は 家事手に付かず…字余りっ!!」

ガソリンスタンド
我が家は、専らセルフのガソリンスタンドを利用している。
以前は、有人のスタンドで入れていたのだけど、あんまり行きたいところじゃなかった。
でも、車を運転する上で、どうしても行かなくてはいけないし、しょうがなく行っていた。
いつもはカードで給油していたのだけど、どうしても目当てのスタンドがなくて、現金給油しなくてはならない時、
1000円だけ・・とか、10リットルだけ・・なんて、とても言えなかった私。
ところが、最近は有人だったスタンドが、どんどんと無人のセルフに変わってきている。
これは、私には好都合!!
1000円給油や10リットル給油が、誰にも遠慮することなく出来ちゃうんだから・・。

ところで、先日のこと、ちょっと残り少ないガソリン。
高速道路に入る前だし、どうしても入れておかなくてはならなかった。
でも、その辺りには、セルフは全くなくて、しょうがなく、有人のスタンドを利用することにした。
ちょっと緊張しつつ・・・。
でも、なんとも親切な応対にすぐに緊張の糸がほぐれたよ。
窓はピカピカに拭いてもらえ、車内も拭かれますか?と、雑巾を貸してくれた。
お~~たまには有人もいいものよね~と、普段は掃除しない運転席周りをピカピカに拭き、最後に伝票にサイン。

・・・が、そこで気持ちよく帰れればよかったのに、

「そろそろ車検ですね~」
「30分ほど頂ければ、無料でお見積もりしますよ~」

ガクッ・・やっぱり、有人スタンドには行くもんかぁ~~~!!

息子の手
この冬は例年に比べて非常に寒い。
急に寒くなった頃、朝早くに登校して行くシンが、手袋出して~と言うので、昨シーズンに使っていた手袋を引っ張り出した。
まだ、使えるかなぁ・・見た目は、とっても小さく見えるその手袋。
そろそろ買い換えなきゃね・・と思いつつ、シンの手にはめてやると、まあ、なんとかこの冬は使えそう。
小さく見えた手袋だったけど、シンの手もまだまだ小さかった。
ちょっと比べっこしよう‥と、手のひらを合わせてみた。
いつもは、生意気な口をきくようになったシンだけど、まだまだ小さなその手。
思わず、両手で包んで、
「さっ、いってらっしゃい!」
と学校へ送り出した。

最近、幼い子供を襲う凶悪犯罪が後を絶たない。
広島でも非常に痛ましい事件が起きた。
シンの小さな手をギュッと包んだ時、思わず事件の事を思い出してしまった。
抵抗もろくに出来ない子供を狙うなんて、絶対に許せない。
犠牲となってしまった子供たちも、シンと同じようにまだまだ小さな手を持つ幼い子供。
子供の無念さ、親の苦しみを思うと、本当にいたたまれない。
瞬間こんなことを思い、ウルッとしてしまった。
幼い命・・周りの大人が守らなきゃ・・絶対に同じ事件を起こさせてはならない。

年末&年頭所感
慌しかった2005年が終わった。
2005は、8年ぶりに社会復帰したとても緊張感のある1年となった。
2月半ばに履歴書を送付し、2月末から正式勤務。
月に14日程度の出勤なので、比較的休みは多い。
それでも、子供達への負担はかなり多かったと思う。
当時1年生のシン、一人でカギを開けて家に入るのは、さぞ心細かっただろう。
でも、すぐに慣れたようで、私も一安心だった。
長期休みは、私や主人の実家で、初めての子供達だけでのお泊り。
一番気がかりだった夏休みも無事に終えれた。
すべてのことが手探りで、あ~でもないこ~でもないと、過ごしてきたけれど、季節も一回り・・
来春には、ミィが入学する。
これからも仕事を続けるし、朝の慌しさは変わらないだろうけど、2年目の余裕‥となる年になればいいな。

HPの方は、あまり変化のないままかも~。
願わくば、ショップオープン!!・・となればいいけど、趣味で楽しむ年となりそう。
趣味の延長で、一回ぐらいはオープンとなればいいけど・・・?!

2005.12.7の日記より
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我が家に、ド~~~ンと大きな雷。
子供たちが寝る前に、落雷発生。

いつまでたってもしようとしない時間割。
筆箱を覗くと全く削れてない鉛筆。
思えば、自分から進んで鉛筆を削ったことなんて、今までになかった息子。
もおっ~~~限界。。。

「いつになったら自分から出来るのぉ~~~!!」

ポ~ンと筆箱を投げ飛ばし、あとはひたすら無視を決め込む母。
あ~またやってしまった。

我が家には、たまに大きな雷が落ちます。
主人が単身赴任となって以来、あまり怒ることなかったのに。。。
やっぱり主人がいないと、子供たちの逃げ場がないと思い、怒らないようにしていたのに、数ヶ月ぶりの落雷だわ。
怒るのって、パワーを使う。
今日は、早く寝ようっと。
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こんな雷の日がまたまた到来。
今回は、兄シンと妹ミィの2人にド~~~ン!!
ミィは、怒られるとすぐに半べそをかく。
ジッと私を見たかと思うと、途端にウルウルと目に涙いっぱいためて、ポロッ・・
怒り心頭の私は、一言・・

「泣いてもダメ!!」

でもミィは、ポロポロ涙を流しながらこう言った。

「でも、お母さんは忘れんぼさんだから・・」

そうだったね~
いつだったか、こんなこと言ったっけ。

 いつもいつも怒ってるお母さんって、いやでしょ?
 だから、すぐに忘れることにしてるの・・
 でも、悪いことしたら、また怒るよ~

そうなのよ~お母さんは忘れんぼさん。
こんな怒り心頭の時にミィにあんなこと言われ、思わず笑ってしまった。
そんな私を見て、2人とも思わず笑みがこぼれた。
やっぱり、怒ってばかりじゃだめ。
忘れんぼさん・・結構いいかも。

お母さんは、今日もまた「こら~」と怒る。
・・で、またすぐに怒ったことを忘れる。
忘れんぼさんだから・・。

カギ
娘のミィがまだ3歳の頃、とんでもない事件が起こった。
マンション8Fの我が家に帰ろうと、エレベーターに乗りこむと、ミィが自分でカギを開けたいとカギを欲しがった。
いつものことなんで、ためらうことなくカギを渡した私。
8Fに着き、開いたドアから出た瞬間・・こともあろうに、エレベーターと8Fの床の間の隙間にカギが落ちてしまった。
まさか・・・?? しばらくして、はるか下のほうからガチャンと音が聞こえた。
家に入る為のカギは、奈落の底。。。
しかも、よりによって頼みのだんなは、福岡出張中。
このままでは、家に入れない・・・
瞬間、私の頭は猛スピードで回転し、次に取った私の行動は・・・。
◆Read More◆

警報機
ある休日の朝、流しに立ち、食洗機の食器を片付けていたら、突然、ガス漏れ警報機が作動した。

「ガスが漏れていませんか?」

天井に取り付けられた我が家の警報機は、まずこのようにしゃべって警告し、ランプが「赤・青」と交互に点滅する。
そうめんツユを作ろうと、コンロでミリンを煮立てていると、たまにこの警告が流れることがある。
おそらくアルコール臭に反応するのだろう。
慌てて、換気扇を強にし、点滅が解除されるのを待ち、通常の状態になるのをしばし待つ。

その日の朝は、まだ家族の誰も起きていなかった。
眠いなぁ~と、トロトロしていた私も、その警報機の声に一気に目が覚めた。
えっ?? まだ、コンロ使ってないのに、まさかガス漏れ??
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コンビニ
今やどこにでもあるコンビニ・・
そのコンビニでは、レジを打つときに、お買い物をした客の情報を打ち込むのをご存知?
情報と言えば、今、巷を賑わせている個人情報??
・・いえいえ、お買い物をした人の年齢層や男女別ぐらいなのでご安心を・・。
たかが、年齢層・男女別と思いがちだけど、私にとっては、とっても興味深いことだ。
しかも、その日の私の気分を天から地獄へと突き落とすぐらいの・・・(おおげさですが・・)
きっと、そこの貴女も・・・(笑)

仕事を始めて、弁当を作らなかった朝は、昼ご飯を買うために、よくコンビニに寄る私。
ずっと以前から、コンビニでは買った客の情報を打ち込むのを知っていたから、一体自分がいくつぐらいに見られているんだろうかってのは、とっても気になるところ。
この情報入力システムを一番に始めたコンビニAは、パッと見ただけでは分からないような年齢層キーが配置してある。
たまに行くコンビニBは、そのシステムは導入されてないようだ。
そして、一番よく行くコンビニC・・・ここのキーに記載されている年齢層の表現がとっても分かり易い。
普段はほとんど気にしてなかったんだけど、ある日の朝、ある店員が押したキーに書いてある言葉に目を疑ったよ!!
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電車の兄弟
私の実家から通勤する時は、必ずJRを利用しなくてはならない。
普段は実家から通勤なんてことはないのだが、子供の長期休みの時には、実家から通勤しなくてはならない。
その日も仕事を終えて、ホームで電車を待っていた。
昔に比べると、本数も増えているし、快速も何本も出ている。
これは便利になったもんだ。
さてと、行き先をしっかり確認して、来た電車に乗り込んだ。

ふと、向かいの席を見ると、小学生ぐらいの兄弟が2人だけで乗っていた。
その電車は、途中の駅続けて5つぐらい止まらない快速電車・・
兄弟は、いつも乗り慣れているのか、電車が発車しても、外も見ずにマンガを読んでいた。
しばらくして、お兄ちゃんの方が、しまった!という顔をした。

「これ快速だ」

弟の方は、今にも泣き出しそうな顔・・
でも、さすがお兄ちゃん、動じることなく、たまたま通りかかった車掌さんに事情を話している。
私も含め、まわりの大人たちは、心配そうに様子を見守っていたが、車掌さんはとても親切だった。

「大丈夫だからね・・次に止まる駅で降りたら、すぐ反対側に電車が停まっているから・・・」

と説明を始め・・・間もなく着いた駅で兄弟は降りた。
私は、とても心配で、ちゃんと反対のホームに行けたか、ずっと目で追っていたが、すぐにドアが閉まり、発車してしまった。
あのしっかりとしたお兄ちゃんのことだから、分からなければ、きっと誰かに聞いてちゃんと帰れたはず。
その時の手をしっかりとつないだ兄弟の姿がずっと忘れられないでいる私。
きっと、あの電車に一緒に乗り合わせた人たちも、私と同じ気持ちでいるに違いない。
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九九
先日、長男の小学校の参観日があった。
授業は図工・・絵の具を使って孔雀を描く・・というものだった。
なかなか、細かく指導されてて、ちょっとビックリ。
筆の使い方から、色を変える場合の筆の洗い方、水の含ませ方やら、色を塗っていく手順まで・・。
自由に描かせればいいのに~~と最初は思ったけど、先生の言っていることをよく聞いてみると、
一々細かくっていうのとはちょっと違って、それぞれの段階でのコツを分かりやすく説明されてる・・
みんなパレットも上手に使っていたしね・・。
毎日、図工があって、しょっちゅう絵の具を使うのだったら、自分でコツをつかんでいくだろうけど、
図工ばっかり時間取るわけには行かないし・・。
この低学年の基礎が高学年でどう生かされていくか・・
小学校6年間の壮大なる教育期間って、すべての科目において、
基礎、展開、応用と、緻密に計算された教育システムなんだなぁ~と、改めて、今の大切さを感じたよ。

さてと、そんな2年生の長男・・最近、九九を習い始めた。
昔私たちが習った九九は、とにかく2の段から9の段までの丸暗記だったけど、今は違うらしい。
特に今年から、九九の教育システムが3段階(・・4段階だったカナ?)に分けられてて、
とりあえずは掛け算のしくみをしっかりと習った上で、5の段までを習い、
「○個の固まりが○個分」っていうのを習得・・
その上で、例えば、「3×6=18」と「6×3=18」は全く違うものだけど、
4の段までをしっかりと習得していれば、必然的に6の段以降は応用できる・・簡単に言うとこういうものらしい。
まあ、なんだかんだと言っても、家でそんなに上手に教えるなんてこと出来ないから(少なくとも私には出来ん・・)
そんなシステムを知らない親は、とにかく暗記しろ~と、口うるさく言うんだわ~
私なんて、知ってても、とりあえず暗記しろ~って言うよ・・きっと。。。
だって、経過はどうであれ、九九は一生付いて回るとっても便利な計算方法・・
しくみなんて、とりあえず暗記しておけば、そん時わかんなくても、いつの間にやら理解してるもんだからね。

かく言う私は、当時、九九を丸暗記したものの、全く意味がわかってなかった。
多分、今の子供たちもそんな子がいっぱいなんだね~
丸暗記の前に、もっと奥まで掘り下げて理解させる・・・その上での丸暗記。
私も今の教育だったら、もうちょっと賢くなってたかしらん?!

ミィ行方不明
その日、仕事を終えて帰った私は、疲れのため、イライラしながら夕飯の準備をしていた。
そんな私の周りをまとわりつくミィに、
「ちょっとあっちで遊んで!!」・・とどなる私。

ふてくされたミィは、隣の部屋へ行き(・・多分)遊んでいたはずなんだけど、
あまりの静かさにちょっと様子を見に行くと・・あれっ?? いない。
玄関には靴もあるし、外には自転車もある。

そっかぁ~~~シンのシステムベッドに隠れてるんだ~と覗き込んでも・・・いない。
名前を呼びながら、探すこと数分。

ガタッと汗グッショリのミィが私の前に飛び出して来た。
・・ププッ(^m^) 怒られたミィは、いじけて廊下の物入れに入り込み、いつまでも私が探しに来ないもんだから、
なんとそのまま寝てしまったそうで・・・。

イライラだった私も、すっかり笑いこけた事件だった。

ムカデ
私の大嫌いなもの・・ヘビ、ミミズ、トカゲ、そして最も嫌いなのがムカデ。
実家は、竹やぶが近くて、毎年梅雨の時期から秋までの4~5ヶ月はムカデ要注意の時期だ。
まだ実家で生活していた頃は、夜寝る前に、いつも「どうか部屋に出ませんように・・・」と願いつつベッドに入ったもんだ。
と言うのも、私の弟がまだ小学生の頃、夜何やら指に違和感を覚えて目を覚ますと、その指には・・・。
なんと! ムカデが巻き付いていたらしい。
もちろん、振り払った瞬間にムカデに刺され・・その痛みと言ったら・・・相当なもんだったらしい。
怖さを知っているだけに・・っていうのもあるけど、そのグロテスクな風貌・・
まあ、得意な人はまずいないか・・・。

そんな苦手なムカデ・・そのムカデに血の気の引くような思いをしたことのある私。
結婚前、実家から通勤していたある朝のこと、その日は、朝から雨で、駅行きのバスが定刻を過ぎても来ない。
このままでは、JRにも乗り遅れてしまう。
しょうがない、最後の手段・・一旦家に戻り、車で新幹線の駅へ行った私。
在来線のJR駅と新幹線の駅は、5Kmほど離れており、家からは全くの別方向・・
車の駐車代は一日停めて当時1000円とお金はかかるけど、
乗車券は定期券が使えるので、800円ほどの特急代の追加料金で済む。
でも、さすが新幹線・・余裕で広島駅に着いて、ホッと一安心。
そこから、またバスに乗り、職場へ・・と、そこで大事件が起きた。
いつもはさほど込まないバスも、その日は雨の為か、ほぼ満席状態だった。
傘を前の席の持ち手に掛け・・・何気に傘を見ると・・・・・なんと傘の柄からツツ・・とムカデがよじ登ってくるではないか!!
ヒエェ~~~~しかも、全長10cmは裕にあるヤツ・・
その瞬間以降のことは、あまり覚えてない私。
隣の勇敢な女性が柄から振り落としてくれたまでは覚えてるんだけど、どこかの男性が踏みつけてくれたような・・
自分で踏んだような(果たして私にそんなコトが出来たか??)
間もなく私の降りるバス停に着いた。
その後、そのムカデがどうなったものやら。。。

ムカデがツツ・・と傘の柄をよじ登ってきたのは、確かに怖い出来事だけど、
後から考えて、もっと怖かったのは、あの雨の中、ムカデが入り込んだ傘を私が差していたってこと。
家を出た時から、ヤツはずっと私のすぐ頭上に潜んでいた。
いつもなら、ものすごいスピードで這い回るヤツが、落ちることなく傘の中に・・。
いつ私の頭や肩、最悪、服の中に落ちて来てもおかしくない状況だった。
今考えただけでも、ぞっ~~~とする。
◆Read More◆

心の準備がぁ~~
先日、私の実家に子供2人連れて泊まりに行った時のこと、
お風呂に入ろうと準備していたら、
娘のミィが「お母さ~~ん・・」と泣きそうな声でやって来た。
どうしたのかと思ったら、下着のパンツに血が付いていると言う。
えっ??? その時の私の驚きと言ったら・・・ちなみに娘は5歳。
いくら最近の子供は早熟だといっても・・いくらなんでもこんなに早く・・
えっ~~~?!どうやって説明しよう・・
アタフタとする私・・その横で一生懸命にお股を覗き込んでいるミィ・・
思わず、私も一緒に覗き込み・・
あれっ?? 何やら傷が・・・
◆Read More◆

「ママ」への想い
私は、結婚して子供が出来たら、
絶対に「パパ」「ママ」と呼ばせようと思っていた。

長男シンが生まれて、約一年後、言葉をしゃべり始めた・・
もちろん、私たちは、紛れもない「パパ」と「ママ」
そして、親である私たちのお互いの呼び名も「パパ」「ママ」に変わった。

それから、2歳になる頃、なぜかシンは私の事を「お母さん」と呼び始めた。
いくら「ママよ・・」って言っても、なぜか「お母さん」と呼ぶ。
それでも、パパは「パパ」だったのに、いつの間やら「お父さん」に…。
周りの友達も「パパ」「ママ」と呼んでいたシンが、
なぜ「お父さん」「お母さん」に変えたか不思議がり・・
いまだに、その謎は解けていない。

その後、シンが2歳4ヶ月の時に、長女ミィが生まれた。
私は、この子には絶対に「ママ」と呼ばせようと決めた。

「ほら、ママよ~」「ママにちょうだい・・」「ママ・・・」「ママ・・」「ママ・」
でも、10ヶ月の頃、ミィが初めて私を呼んだ言葉、それは「かぁか」・・・

その瞬間の私のショックといったら・・

お兄ちゃんが私を「お母さん」と呼ぶ姿と、私が自分を「ママ」と呼ぶ姿・・
妹はお兄ちゃんの姿を見て育ったのだ。

言葉もあんよも早かったミィ・・
しばらくはめげることなく「ママ」を連呼する母だったけど、
ミィは、いつでもどこでも私を「かぁか」と大声で呼んでいた・・
周りの笑みをかいながら…。
ミィが生まれて、努めて「ママ」を連呼した私の努力は報われなかった。
私の「ママ」への想い・・娘の子供に託すことにしようと思う。

その後、私たち夫婦のお互いの呼び名も
「お父さん」「お母さん」に変わることになった。

父・・
平成16年11月7日、私の父が亡くなった。

腎臓がんを患い、片方を摘出するも、骨への転移・・気づいたときには、もう手遅れ状態。
それでも、手術に耐え、痛みに耐えての闘病生活、一年余り・・
最期は、穏やかに眠るように逝った・・・とのこと。
実は、最期のその時、そばにいてあげられなかった娘の私。
いまだに、間に合わなかった一時間、そのたったの一時間が悔しい。

当時、私は、幼稚園のバザーの役員。
リーダーとして、いろいろな取りまとめ、係が集まっての手作り品製作と頑張っていた。
バザー前々日、父の様子が気になりながらも、
持ち直して今は落ち着いているからとの母の連絡で、
バザー前日の準備に行き、当日も大丈夫・・との話で、安心してバザー当日を迎えていた。

その後、容態が急変…連絡を受けたのが、バザーも終了の頃、
急いで病院へ向かったのだが、
その車中で「たった今、眠るように息を引き取った」との弟からの連絡。
最期には、間に合わなかった。

痛みとの闘いだった父の一年。
亡くなってしまったのは、本当に寂しくて悲しいけど、
冷たくなった父の穏やかな顔を見ていたら、
もう苦しまなくていいね・・楽になったね・・と心から思った。
痛みに耐える姿をずっと見ていたから・・。
でも、最期の最期で、親不孝をしてしまった娘…
今も遺影を見るたびに、ごめんね・・と語りかけている。
多分、この先もずっとずっと心から離れないと思う。

今思う、親孝行したい時には親はなし・・これって、確かにその通り。
でも、最期のその時を一緒にいてあげる…それが「最後の親孝行」なんだって。
何があっても、絶対にそばにいてあげなくちゃ・・絶対に。
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